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足尾銅山は世界遺産登録を目指しています。
  9月に訪れた「足尾銅山
  何度かブログで紹介しようと記事を作りましたが…
  正直…  どんな風に伝えればいいのだろうと考えてしまって
  紹介することが出来ませんでした。
  今回ブログを書くにあたって、
  いつも通り、感じたまま… を、伝えてみよう。と、思い書きました。
   
  
  「足尾銅山は、1610年に発見されて以来、
  江戸時代から昭和48年までの400年近く続いた歴史のある銅山

  そう言えば… 遠い記憶で、学校で学んだことがあったような… そんな感じでした。

  観光坑道入坑料金を払いトロッコ列車のような可愛い列車に乗り
  銅山に入っていくことが出来ます。
足尾銅山



  坑内に入ると別世界。 タイムスリップするような、そんな感じでしたよ。
足尾銅山



       足尾銅山の坑道の総延長は1,234kmで東京・博多間に匹敵する長さです。
       坑内に到着すると、かなり薄暗く9月の時期でも肌寒く感じました。 
        足尾銅山



  足尾銅山を再現する坑内は、
  江戸時代の手掘りの様子から機械化された銅山の様子を、
  39体の人形を使ってリアルに再現しています。

  江戸時代は裸足で、薄い綿のようなは織物。
  その後もわらじにはなりますが、
  かなり厳しい環境の中で作業が行われていたのがわかりました。

  さらに… 採鉱の近代化とともに機械化が進むまで、採取は手掘りが主流でした。
  昭和に入り、ダイナマイトによる発破工法などが導入されたそうです。
足尾銅山



  産出された銅は、江戸城・芝の増上寺・日光東照宮などの銅瓦に用いられ、
  長崎から海外にも輸出されました。
足尾銅山

        

    足尾銅山鉱毒事件を告発した「田中正造が大正2年9月4日73歳で亡くなりました。」
    資料を読んでいる途中… ハッとしました。
    みなさんは憶えていますか?
    私は社会科の教科書で公害の話を聞いた時の事を思い出しました。

    なぜ、田中正造を人物紹介する時… 何年に生まれた人。ではなく…
    大正2年9月4日73歳で亡くなった。と記されているのかと。

    実は私の生まれは9月4日生まれです。
    そのせいもあって、田中正造に興味をもち
    「鉱毒事件」は印象深く心に残っていたのかもしれません。
    
    なぜ、亡くなった日が多くの資料に記されているのか…
    正造は鉱毒事件の経緯と被害地域の人々が苦しんでいることを手紙にまとめ、
    天皇へ直訴状を書きました。
    あの時代、天皇への直訴は当時重罪中の重罪だったにもかかわらず死刑にはならず、
    栃木県の佐野市で息を引き取るまで、活動を続けた田中正造。
    亡くなった後も、活動は続きました。
    最終的に閉山したのはなんと昭和48年 正造の死から60年後のことです。
    それは、そこに意味を持つものだったのかもしれません。
        足尾銅山



  渡良瀬川の鉱毒問題が明治時代に国会でも議論されましたが、
  製錬所の煙の亜硫酸ガスにより 周りの山は、はげ山のような状態だったそうですが
  山の緑も甦りつつあるようです。
足尾銅山



  この日小学生たちがたくさん訪れていました。
  坑内を見て、坑道内展示資料で歴史を読んで… なにか感じてくれただろうか。
足尾銅山
  足尾銅山は「世界遺産登録」を目指し活動しています。

  最初、足尾銅山でこの看板を見た時にどうして鉱毒問題があった場所で
  なぜ、世界遺産? と思いました。

  坑内廃水の浄水処理や煙害地の植林は、明治時代から今日まで続けられています。
  特に煙害地の植林は、国・県 だけでなく多くのボランティアが参加し、
  荒廃地であった山々の緑は回復しつつあるそうです。

  森林の保全と緑化の推進活動など、
  環境との共生に向けた努力は今も続けられています

  閉山してから現在まで活動は続き、未来へと繋がっているように思います。
  私たちは21世紀に何をしなければいけないか。
  「メッセージを伝え続ける遺産」があってもいいのではないと…
  …そう思いました。

  住 所 栃木県日光市足尾町通洞9-2
  電 話 0288-93-3240 (足尾銅山観光管理事務所)
  料 金  大人800円  小・中学生400円
  営業期間    9:30~16:30

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そもそも
足尾銅山がこうして観光的に見ることが出来る場所だなどと
しりませんでした。知っていたのは私も「田中正造」さん。
不屈の人、ということで小学校の頃伝記を読んで感動した記憶があります。
亡くなられた日田苺さんの誕生日と一緒だなんて、ドラマですね。
古い建物がいっぱい見れると聞いて栃木市に行った際、
するくからの豪華な建築物を見たのですがそのうちの
一軒がこの足銅山のオーナーの自宅だったといっていたのを思い出しました。
街や人は気付かぬうちにつながり続けているのですね。
撮影会の記事も、楽しませてもらいました。
お晩です、苺さん、またお邪魔します。
kozoh55さんへ♪
「足尾銅山」に行った時は
正直、展示物もリアルで歴史が切り取られ再現されていて
胸が苦しくなるようなそんな感じでした。
さらに、小学生の時に感じた事が大人になって思い出す事があるなんて
不思議な思いがしました。

きっと、なぜ「足尾銅山」が世界遺産を目指すのか…
それだけ聞いたら、不思議な人も多いように思います。

「大切な想いを未来に繋げていく事」
それはどんなものなのか…
少しでも伝わればいいと思い書きましたが…
想いが強いと伝わらない気がして
抑えて書いたのですがどうだったかな…。

栃木市の街歩きをしたことはあるのですが、
足銅山のオーナーの自宅はまだ見た事がありませんでした。

確かに… 
街や人は気付かぬうちにつながり続けているのかも知れませんね。


撮影会は、季節や瞬間を切り取って
見た人が感じる写真を撮るのは難しいなぁ~
と、毎回思います(笑)

コメント有難うございました!
No title
こんにちわ。
足尾銅山が栃木県にある事を知りませんでした。
美しい場所が世界遺産になると思っていたので、
驚きました。
是非、世界遺産になるといいですね。
すみれさんへ♪
こんにちは♪

この年になっても知らないことがいっぱいあって
いくつになっても発見があるなぁ~と思います!

私も、是非!世界遺産になるといいな~と思います。
受け継いでいく遺産って、
意味のある遺産になるような気がしますよね♪
プロフィール

こほろ

Author:こほろ
栃木県を中心に素敵お店や癒されるような風景を巡っています。
よろしくお願いします♪

お散歩には、カメラのNikonD7000を連れて出掛けています。

こほろとは…
平安時代の擬音語で、コトンとかカタンとかという生活音と聞いて… なぜかずっと心に残っていた言葉なの。
生活の中のふと聞く音のように感じて…読んでもらえたら嬉しいです♪


平成25年「とちぎフードマイスター」取得。
栃木の食文化を楽しみながら勉強しています♪
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